2009年08月09日

中国国鉄客車列車の旅2 5100次

もともと今回の中国鉄道移動は、「地球の○き方」の2枚の地図を見たのが始まりでした。
上海から青島まで、鉄道路線で辿るとなるとどのルートだろう辿ってみると、最短は
上海〜無錫〜海安県〜臨沂〜青島というルートになりそうでした。
0906中国乗車列車.jpg
画像は、こちらよりお借りしました。


このルートだと、
無錫から青島直前の膠州まで未乗の路線に乗れるなどと思っていたのですが、時刻表を
調べてみると上海〜青島の直通はこのルートを走ってませんでした。
それどころか、時刻表を調べてみるとこのルートは1本に見えるものの実際には省境に近い
新沂駅を境に全く別の路線で、南側の新長鉄道は江蘇省の地方鉄道、北側の膠新鉄道は
山東省内のバイパス線のような役割となっており、南側からの列車は新沂駅にて
6本中5本が西へ方向を変え、南北直通は揚州発青島行きのK414次
空調快速列車のみとなっています。
新長鉄道を調べていて、もう一つ面白かったのは長江を渡る部分が
鉄道連絡船になっている点です。
逆に、それゆえにか海安県以南は旅客営業をしていません。

 ということで、K414以外の列車に乗る選択肢は殆どないことがわかり、
それにあわせてプランを練った結果、今回のメインの江蘇省の南通から山東省の青島まで、
前半は短距離列車で非空調普快列車の5100次に、後半は淮安から
長距離列車のK414次に乗ることとして新長鉄道と膠新鉄道
合わせて782キロを移動しました。

南通淮安.jpg

5100次は、江蘇省内の南通-淮安間を運行する列車で、新長鉄道では
唯一の非空調普快列車になります。非空調車ということは、
写真のような中国伝統的な深緑と黄色の「共産色」、
現地では「緑皮車」と呼ばれる旧型車になります。

5100次仮.jpg

旧型車とはいえ、さすがに上級座席に
当たる軟座には空調が(後付けで?)付いているのですが、この日は30度の気温だというのに
写真の通り窓が全開の非空調車として運用されていました。冷房ついてるのに。。。

 列車の発車は8時25分。前夜は駅からホテルまで15分くらいで着いた「気がしてた」ので、
朝6時半に起きてホテル周辺の散策をしつつ、7時半過ぎにホテル前でタクシーを捕まえれば
余裕かと思ってたんですが、中国の都市の広さと人間の多さを甘く見てました。
前日夜にタクシーが飛ばしてくれた道は、車だけでなく大量の二輪車や自転車、
たまにトラクターや馬車が行きかうカオスと化しており、タクシーがぜんぜん進みやしねぇ。
中国のタクシーメーターは、料金だけじゃなく走ったキロ数も表示されるという、
下手な先進国より嬉しいスグレモノなのですが、ホテルから何キロ進んだかを見るだけで
こういう時はイライラしてきます。そんな中、車線変更や右折帯直進や割込みを
色々やってくれて、何とか駅には発車10分前頃にはたどり着きました。
中国の場合、駅舎に入るために空港のセキュリティチェックのような
X線荷物検査があるうえ、発車5分前くらいになると改札を終了してしまう、
駅は2面3線とはいえだだっ広いので、これでもぎりぎりでした。

 待合室に寄っている暇はなく、エスカレーターを駆け上って
駅舎2階にある改札からホームへ。南京と異なり、軟席の客も同じ改札です。
ホームには、これから乗る5100次と北京から到着した夜行のZ51次直達特快が並ぶ。
5100次は旧型非冷房の緑皮車で、車両も旧型の22型を中心に硬座8両+軟座4両で構成されてました。
客車ながら全車軟臥で構成された看板列車の一つと並ぶとさすがに見劣りというか、
並んでいること自体が不思議な感じすらします。
 ヲタとしては緑皮車の方が嬉しい、と思いつつ自分の乗る車両へ向かうと、
なぜかそこだけ快速に使われる紅皮車。ちょっと残念でしたが、隣の車両は同型で
緑皮だったのでよしとします。車内は、私の乗った9号車はほぼ満席の状態で発車、
隣の10号車は南通発車時には無人状態でしたが、隣の如皋にて大量乗車、2つ目の
海安県発車時には同じく満席になりました。

 車内では、有線放送のような番組がスピーカーから流れ続けます。
すると、同じボックスに居た親父が聞いたことのあるメロディーを口ずさみ出します。
「ほーら、足元を見てごらん、これがあなたの〜」、というkiroroの曲のメロディーが
流れてきます。まあ、いい歌だしと一瞬思ったのですが、そういえば中国語歌詞は
甘酸っぱい初恋の少女の歌だった筈。なぜ楽しそうに歌う?そこのおっさん。
5100次車内仮.jpg
 車内で日本の曲が(メロディーだけでも)流されるとは時代は変わったと思っていたところ、
車内改札では更に変わったと思うことが。改札に来た若い女性の服務員さんが、
I think you are something different from usなどといいながら、
英語で話しかけてきました。
駅はともかくとして、車内での服務員との英語でのコミュニケーションはこれが初めてでした。
今回の滞在を通じて感じたことですが、英語を使う若年層がかなり増えてきている感じで、
そろそろ「意思疎通=筆談」という固定観念を捨てた方がいい時期が近づいているの
かもしれません。もっとも、淮安到着時にわざわざ来て、Next is Huaianとわざわざ
知らせてくれるようなことはしなくても…とも思いましたが。
あと、Are you come from Korea? <丶`∀´>とみな一様に聞くのは
何となく悔しかったですが。そんなに韓国顔なのか…

 列車は、江蘇省中部の水田地帯をひたすら進みます。南通発車以降、都市という
感じの風景は殆どなく、画像のような田園風景がひたすら広がるのみでした。
行きかう列車も貨物中心でした。
 南通から4時間後、列車は定刻に淮安に到着しました。
周恩来の出身地だということもあり、周氏の首相就任期間と
同数の28本の柱を立てたという淮安駅の建造物はかなり立派なものでした。

 駅の写真がない理由?
町に出てタクシーでぎりぎりに戻ったから。
朝一回危ない思いをしておきながら、何も反省しないあたりが自分です。


posted by 常緑樹 at 12:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こちらでははじままして。西方快車です。

緑皮の優等車、というのがいいですね。RZ22でしょうか?
ただ、折角つけた空調を使ってないというのはいただけませんが…電源車がないから使えないという感じだったのでしょうか。
何であれ、ボックス席の軟座車というのも今は減ってしまいましたね。RZ22とRZ24は2000年春に東北で乗ったんですが、また乗車できる機会あれば良いと思う由…ただ、あのころと今では軟座の重みも変わってしまった感が否めませんけど。
(RZ22でも昔はそれなりに小奇麗に使われ、小奇麗な人たちばかりが乗っていたことを思い出します)

ほかのエントリですが、特等車は貴重なご経験ではないでしょうか。あの車は何処に転用されるのでしょう……。廃車や格下げされないことを願いたいものですが、やはり需要は少なそうですね。動車組にならなそうなところで、特等の需要がありそうな路線、難しそうです。
Posted by 西方快車 at 2009年08月11日 20:37
西方快車様
ご訪問ありがとうございます。こちらでははじめまして。

実はこれ、ものすごく意外なことにRZ25bなんですよ。
この列車は、いわゆる非空調普快の扱いでして、硬座がyz22で軟座がrz25bで構成されているというのは事前に中国語の掲示板で仕入れていたのですが、いくつかの中国鉄道系サイトに出てくるrz25bを想像していたので、かなりびっくりしました。
流れ流れたレア車両なんじゃないかという感じです。

特等車は、ボーゲン氏のところによるとT7781次が廃止になったということで、この先どうなるのか心配です。
上海局は、BSPですら余らせてハルピン局に貸しているとのことなので、本当にどうなるのか気が気ではありません。
あの編成自体は、それこそこの5100次の置き換えで使ったらどうかなという気はします。
上海局の短距離昼行便で非空調は壊滅状態のようですから、それくらいしか行き先が思いつきません。他局へ行けば別なんでしょうが。
Posted by 常緑樹 at 2009年08月11日 22:26
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